治癒と健全であること
ジョン・クリスチャンソン

初めてDivine Motherにお会いした時、Divine Motherが世界中に聖なる光を届けるために、ご自分の全人生と大成功しているキャリアを諦められたことに畏敬の念を持ちました。その時には、Divine Motherがどんなに完全に私の全人生を変えられるとは、知る由もありませんでした。この体験談は感謝の気持ちを込めてDivine Motherに捧げられています。
悲しみ、怒り、恐れが私の人生を支配し、私に深刻な慢性の鬱を引き起こしていました。私は子供として、あまり笑った覚えがありません。幼い時から、無理やり「親」の役割をさせられ、母親と父親が極度の悲しみの感情と不健全さを吐き出すのを聞かされました。彼らは秘密の問題の聞き役として私を利用するだけではなく、その上に私が完璧に振る舞うことを期待していました。私はのびのびとした正常な子供時代を犠牲にしても、常に礼儀正しく、思いやりがあり、気が利くことを期待されました。私の母は、同様に機能不全の私の父親から愛情を求めていた、重い鬱状態の悲しい女性でした。父親は鬱積した怒りと悲しみを抱えていた、鬱状態の男性でした。時々、私に対して彼の感情は発作的な激しい怒りを爆発させ、この怒りの悪影響は自分の行動の責任をとらないという事実で悪化しました。結果として、私が彼の全ての悲しみと苦しみの原因だという罪の意識を背負わされました。
私が成長するにつれて、家族の問題がますますひどくなりました。私がティーンエージャーの頃、父は強い自殺願望があると私に告白しました。学校へ歩きながら父が自殺するんじゃないかと考える状態にまでなりました。私は恐れと不安を背負ったまま育ちました。
何年間も、自分の中に閉じ込められていた強い感情に対処しようとしましたが、無駄でした。ティーンエージャーの時、そして大学生の時も、私は自分の一番好きな自然の多い場所に行って泣こうとしましたが、泣けませんでした。大学の頃、いかに両親が私から子供らしい時代を奪ったか、という完全な自覚が私を津波のように打ち砕きました。完全な神経衰弱の一歩手前で必死に引き止まろうとしていました。私は決して自分の過去との折り合いをつけることができないと思いました。大学を出た後、私は成功したビジネスマンになりました。私は非常に平静で、愛想がいい外見を持っていましたが、同時に鬱状態で、孤独で引きこもりがちな人間でした。私はいつか自分自身の中のこれらの気持ちをさらけ出すのをあまりにも恐れていたので、決して他の人を自分に寄せ付けませんでした。私の孤独と鬱状態は、相次ぐ健康問題によって悪化しました。
初めてDivine Motherにお会いした時、すぐに私に対するDivine Motherの無条件の愛を感じることができ、Divine Motherにお会いできて本当に恵まれていると分かりました。Divine Motherの聖なる愛が私を変え、治癒してくれました。私は、その時までずっと私に付きまとっていた深い鬱状態から救い出されました。Divine Motherが私に一対一のセッションを与えてくださり、その中で、私の心の奥深くへ導いてくださいました。私の中に注がれてきた神様の愛が感じられました。私の心の中で、Divine Motherの慈悲が、私が泣くことを阻止していた障害を溶かしてくれました。Divine Motherは温かさと心地よさの大きな安全網を私に下さいました。生まれて初めて、私は自分のために心から泣きました。神様からの何という素晴らしい贈り物でしょう! 私は、悲しみの涙が28年間の鬱状態と絶望を洗い流すことを可能にしてくださったDivine Motherに、どんなにお礼を言っても言い尽くせません。私の心の中で、Divine Motherのみが心の中にせき止められた悲しみを流すことができたのだと分かります。この同じ一対一のセッションの間、Divine Motherは悲しみを自由に流してくださっただけではなく、私の空虚な子供時代を幸福で満たしてくださいました。Divine Motherは私の子供時代を返してくださったのです。
この最初の一対一のセッション以来、治癒の涙が流れ続け、私は自分の失われた子供時代を嘆き悲しむことができました。私が泣くたびにDivine Motherは私の心の中にいらっしゃり、私の悲しみを愛で和らげてくださいました。私を消耗させた抑えられた悲しみは、これ以上私の人生を支配しなくなりました。あんなに空っぽだった私がまた満たされたのは純粋に神様の恩寵です。
Divine Motherの無条件の聖なる愛は、私を悲しみだけではなく、怒りにも向き合わさせてくれました。人生を通して、私はうわべだけの礼儀正しい親しさの裏に、両親に対する怒りを押し隠していました。ホノルルでの集中的な指導のセッションの間、父親に対する不快な怒りの感情が表面に浮上し始めました。その時まで決してさらけ出すことがなかったこれらの感情を表現するように、Divine Motherが無条件の愛と安全な環境を与えてくださいました。非破壊的な方法で私の怒りを表現した強烈な経験の後、Divine Motherは私を神様の無条件の愛で満たしてくださり、私を健康な状態に戻してくださいました。Divine Mother、Divine Motherが私にしてくださったことに、どんなにお礼を言ってもとても言い尽くせません。怒りが外に出たのを見た後、私は泣けて泣けて、そしてその後、何か月も何年もどんどん健全になっていったことを覚えています。
私は数え切れない面で変わりました。喘息は、私が5歳の時から戦ってきた病気です。大学では、何日も続けて診療所に泊まるほど私の喘息発作は重症でした。2年前、ニュージャージーの集中的な指導の時、真夜中にひどい喘息の発作が起こりました。吸入器を持っていなかったので、母は私を病院まで車で送ろうと考えていました。しかし、限りなく親切なDivine Motherは、私のために瞑想をしてくださいました。Divine Motherは私の息をDivine Motherに捧げさせたと同時に、私を神様の愛で包んでくださいました。喘息の発作が止まり、私は深く、安らかな眠りに落ちました。それ以来、喘息の発作は全くありません。神様、私の人生にこのような奇跡を与えてくださり、ありがとうございます。
子供の頃から、私は暴力的な思考に苦しめられてきました。このような考えをコントロールすることができなかったので、私は絶え間なく不安な状態で暮らしていました。私は自分を怪物のようだと感じていました。今年、ニュージャージーの集中的な瞑想のセッションの間、Divine Motherは、私にこれらの考えと感情をDivine Motherご自身に打ち明けさせてくださいました。激しい悲しみ、恐れと怒りが私から転がり出てきました。その後、Divine Motherは私を自分の心の中の神様へ導いてくださいました。私の両親がどのように幼い子供の私の中に暴力を注いだかを、Divine Motherが見せてくださいました。宇宙の中で万力にくぎ付けになった私を見ました。両親はよりきつく万力で私の体を締めていました。その万力の片方で、両親は善良な道徳的な人々として見ることができました。反対側では、私はこの見せ掛けの下の暴力を見ました。Divine Motherは、私に全ての暴力的な思考と私を苦しませた思考をDivine Motherに捧げさせました。それ以来、これらの考えは驚異的に減りました。Divine Motherがしてくださったことに感謝してもしきれません。Divine Motherとのありとあらゆる新しい体験ごとに、私の機能不全が萎んでいくように感じます。神様の愛情だけがこの苦しみを私から取り除くことができ、私を自分自身の健全さに戻すことができたのです。
フロリダの集中的な瞑想の指導の間、私はもう一度神様の恩恵に畏敬の念を持ちました。私の数年間悪化した膝が私に激しい痛みを引き起こし、そのせいで私は横にならなければなりませんでした。Divine Motherがしてくださったことは私にとって絶対に忘れられないことです。一対一のセッションを与えてくださり、気が付くと私はその間、宇宙の中で完全に浮かんでいたのです。神様の青い光が私の中を通っていくのを感じました。その瞬間、私は完全な安らぎを感じました。私は、神様の素晴らしい、美しい愛に囲まれている自分自身を感じることができました。次の瞬間に私は10時間の眠りに落ちました。神様の愛は実に素晴らしいです。それ以来、私の膝は元に戻りました。その一対一のセッションの前、私は痛み無しには歩くことができませんでした。今、私はハイキングで何マイル歩いても膝が全く痛みません。今でも、私を通る神様の青い光を感じることができ、これは神様からの贈り物だと分かっています。
このような奇跡が絶え間なく続きました。マウイ島でDivine Motherは私の人生を永遠に変えた一対一のセッションを与えてくださいました。この一対一のセッションで、私の心は米国を横断飛行し、(私はその当時、フィラデルフィアに住んでいました)結局ハワイに到着し、そこで母と再会しました。その背後で、私は本当の母親であるDivine Motherのところへ帰って来ると実感しました。Divine Motherからのこの奇跡的なイメージを見て、その後に感じた喜びを言葉で言い表すことができません。13年間も自分の家族から逃げようとしていた後に、Divine Motherは私を母と妹の元へ連れ戻してくださろうとしていました。その瞬間のことを振り返ると、Divine Motherは私の心からの望み、つまり、うちに帰ることを贈り物として与えてくださったと分かっています。
家に帰ったことで、Divine Motherは私たち家族をさらなる治癒と健全さへと導いてくださいました。私と妹、そして母は親密さを体験しました......それは、私たちが育てられた頃には経験しなかったことでした。母は私の言うことを聞くことができ、私を泣かせるままにし、傷ついた気持ちを言わさせ、そして長年の間、何が私を怒らせたかを明確に話すことまで許してくれました。今、私と妹はもっと正直に隠し立てをせずにコミュニケーションができ、私たちが育てられた頃には全くできなかったように人生の体験を分かち合うことができるようになりました。今になって、神様はずっと私たちの人生の建築家だったと分かります。Divine Motherは私たちが打ち明けても大丈夫だと分かるように、安全感と無条件の愛を私たちに与えてくださり、私たちの絆を強めてくださいました。
私の人生における変化は素晴らしくて信じられないほどです。フィラデルフィアに住んでいる間、私は怒り、鬱状態、悲しみ、悪化する健康、そしてお金を稼ぐ欲望に支配され、ちっとも楽しくない仕事をしていました。私は今、ハワイで大成功しているキャリアを持っていて、それは私が愛する仕事です。私の全人生、つまり私の健康、家族、そして自分自身が私に取り戻されました。私は以前よりはるかに幸せで健全です。今私の人生に笑いがもたらされ、日がたつにつれて、より大きな喜び、笑い、そして安らぎを体験しています。今私は釣りをしながら空を見ると、幸福感でいっぱいになります。私の人生を取り戻してくださった神様を賛美します。
悲しみ、怒り、恐れが私の人生を支配し、私に深刻な慢性の鬱を引き起こしていました。私は子供として、あまり笑った覚えがありません。幼い時から、無理やり「親」の役割をさせられ、母親と父親が極度の悲しみの感情と不健全さを吐き出すのを聞かされました。彼らは秘密の問題の聞き役として私を利用するだけではなく、その上に私が完璧に振る舞うことを期待していました。私はのびのびとした正常な子供時代を犠牲にしても、常に礼儀正しく、思いやりがあり、気が利くことを期待されました。私の母は、同様に機能不全の私の父親から愛情を求めていた、重い鬱状態の悲しい女性でした。父親は鬱積した怒りと悲しみを抱えていた、鬱状態の男性でした。時々、私に対して彼の感情は発作的な激しい怒りを爆発させ、この怒りの悪影響は自分の行動の責任をとらないという事実で悪化しました。結果として、私が彼の全ての悲しみと苦しみの原因だという罪の意識を背負わされました。
私が成長するにつれて、家族の問題がますますひどくなりました。私がティーンエージャーの頃、父は強い自殺願望があると私に告白しました。学校へ歩きながら父が自殺するんじゃないかと考える状態にまでなりました。私は恐れと不安を背負ったまま育ちました。
何年間も、自分の中に閉じ込められていた強い感情に対処しようとしましたが、無駄でした。ティーンエージャーの時、そして大学生の時も、私は自分の一番好きな自然の多い場所に行って泣こうとしましたが、泣けませんでした。大学の頃、いかに両親が私から子供らしい時代を奪ったか、という完全な自覚が私を津波のように打ち砕きました。完全な神経衰弱の一歩手前で必死に引き止まろうとしていました。私は決して自分の過去との折り合いをつけることができないと思いました。大学を出た後、私は成功したビジネスマンになりました。私は非常に平静で、愛想がいい外見を持っていましたが、同時に鬱状態で、孤独で引きこもりがちな人間でした。私はいつか自分自身の中のこれらの気持ちをさらけ出すのをあまりにも恐れていたので、決して他の人を自分に寄せ付けませんでした。私の孤独と鬱状態は、相次ぐ健康問題によって悪化しました。
初めてDivine Motherにお会いした時、すぐに私に対するDivine Motherの無条件の愛を感じることができ、Divine Motherにお会いできて本当に恵まれていると分かりました。Divine Motherの聖なる愛が私を変え、治癒してくれました。私は、その時までずっと私に付きまとっていた深い鬱状態から救い出されました。Divine Motherが私に一対一のセッションを与えてくださり、その中で、私の心の奥深くへ導いてくださいました。私の中に注がれてきた神様の愛が感じられました。私の心の中で、Divine Motherの慈悲が、私が泣くことを阻止していた障害を溶かしてくれました。Divine Motherは温かさと心地よさの大きな安全網を私に下さいました。生まれて初めて、私は自分のために心から泣きました。神様からの何という素晴らしい贈り物でしょう! 私は、悲しみの涙が28年間の鬱状態と絶望を洗い流すことを可能にしてくださったDivine Motherに、どんなにお礼を言っても言い尽くせません。私の心の中で、Divine Motherのみが心の中にせき止められた悲しみを流すことができたのだと分かります。この同じ一対一のセッションの間、Divine Motherは悲しみを自由に流してくださっただけではなく、私の空虚な子供時代を幸福で満たしてくださいました。Divine Motherは私の子供時代を返してくださったのです。
この最初の一対一のセッション以来、治癒の涙が流れ続け、私は自分の失われた子供時代を嘆き悲しむことができました。私が泣くたびにDivine Motherは私の心の中にいらっしゃり、私の悲しみを愛で和らげてくださいました。私を消耗させた抑えられた悲しみは、これ以上私の人生を支配しなくなりました。あんなに空っぽだった私がまた満たされたのは純粋に神様の恩寵です。
Divine Motherの無条件の聖なる愛は、私を悲しみだけではなく、怒りにも向き合わさせてくれました。人生を通して、私はうわべだけの礼儀正しい親しさの裏に、両親に対する怒りを押し隠していました。ホノルルでの集中的な指導のセッションの間、父親に対する不快な怒りの感情が表面に浮上し始めました。その時まで決してさらけ出すことがなかったこれらの感情を表現するように、Divine Motherが無条件の愛と安全な環境を与えてくださいました。非破壊的な方法で私の怒りを表現した強烈な経験の後、Divine Motherは私を神様の無条件の愛で満たしてくださり、私を健康な状態に戻してくださいました。Divine Mother、Divine Motherが私にしてくださったことに、どんなにお礼を言ってもとても言い尽くせません。怒りが外に出たのを見た後、私は泣けて泣けて、そしてその後、何か月も何年もどんどん健全になっていったことを覚えています。
私は数え切れない面で変わりました。喘息は、私が5歳の時から戦ってきた病気です。大学では、何日も続けて診療所に泊まるほど私の喘息発作は重症でした。2年前、ニュージャージーの集中的な指導の時、真夜中にひどい喘息の発作が起こりました。吸入器を持っていなかったので、母は私を病院まで車で送ろうと考えていました。しかし、限りなく親切なDivine Motherは、私のために瞑想をしてくださいました。Divine Motherは私の息をDivine Motherに捧げさせたと同時に、私を神様の愛で包んでくださいました。喘息の発作が止まり、私は深く、安らかな眠りに落ちました。それ以来、喘息の発作は全くありません。神様、私の人生にこのような奇跡を与えてくださり、ありがとうございます。
子供の頃から、私は暴力的な思考に苦しめられてきました。このような考えをコントロールすることができなかったので、私は絶え間なく不安な状態で暮らしていました。私は自分を怪物のようだと感じていました。今年、ニュージャージーの集中的な瞑想のセッションの間、Divine Motherは、私にこれらの考えと感情をDivine Motherご自身に打ち明けさせてくださいました。激しい悲しみ、恐れと怒りが私から転がり出てきました。その後、Divine Motherは私を自分の心の中の神様へ導いてくださいました。私の両親がどのように幼い子供の私の中に暴力を注いだかを、Divine Motherが見せてくださいました。宇宙の中で万力にくぎ付けになった私を見ました。両親はよりきつく万力で私の体を締めていました。その万力の片方で、両親は善良な道徳的な人々として見ることができました。反対側では、私はこの見せ掛けの下の暴力を見ました。Divine Motherは、私に全ての暴力的な思考と私を苦しませた思考をDivine Motherに捧げさせました。それ以来、これらの考えは驚異的に減りました。Divine Motherがしてくださったことに感謝してもしきれません。Divine Motherとのありとあらゆる新しい体験ごとに、私の機能不全が萎んでいくように感じます。神様の愛情だけがこの苦しみを私から取り除くことができ、私を自分自身の健全さに戻すことができたのです。
フロリダの集中的な瞑想の指導の間、私はもう一度神様の恩恵に畏敬の念を持ちました。私の数年間悪化した膝が私に激しい痛みを引き起こし、そのせいで私は横にならなければなりませんでした。Divine Motherがしてくださったことは私にとって絶対に忘れられないことです。一対一のセッションを与えてくださり、気が付くと私はその間、宇宙の中で完全に浮かんでいたのです。神様の青い光が私の中を通っていくのを感じました。その瞬間、私は完全な安らぎを感じました。私は、神様の素晴らしい、美しい愛に囲まれている自分自身を感じることができました。次の瞬間に私は10時間の眠りに落ちました。神様の愛は実に素晴らしいです。それ以来、私の膝は元に戻りました。その一対一のセッションの前、私は痛み無しには歩くことができませんでした。今、私はハイキングで何マイル歩いても膝が全く痛みません。今でも、私を通る神様の青い光を感じることができ、これは神様からの贈り物だと分かっています。
このような奇跡が絶え間なく続きました。マウイ島でDivine Motherは私の人生を永遠に変えた一対一のセッションを与えてくださいました。この一対一のセッションで、私の心は米国を横断飛行し、(私はその当時、フィラデルフィアに住んでいました)結局ハワイに到着し、そこで母と再会しました。その背後で、私は本当の母親であるDivine Motherのところへ帰って来ると実感しました。Divine Motherからのこの奇跡的なイメージを見て、その後に感じた喜びを言葉で言い表すことができません。13年間も自分の家族から逃げようとしていた後に、Divine Motherは私を母と妹の元へ連れ戻してくださろうとしていました。その瞬間のことを振り返ると、Divine Motherは私の心からの望み、つまり、うちに帰ることを贈り物として与えてくださったと分かっています。
家に帰ったことで、Divine Motherは私たち家族をさらなる治癒と健全さへと導いてくださいました。私と妹、そして母は親密さを体験しました......それは、私たちが育てられた頃には経験しなかったことでした。母は私の言うことを聞くことができ、私を泣かせるままにし、傷ついた気持ちを言わさせ、そして長年の間、何が私を怒らせたかを明確に話すことまで許してくれました。今、私と妹はもっと正直に隠し立てをせずにコミュニケーションができ、私たちが育てられた頃には全くできなかったように人生の体験を分かち合うことができるようになりました。今になって、神様はずっと私たちの人生の建築家だったと分かります。Divine Motherは私たちが打ち明けても大丈夫だと分かるように、安全感と無条件の愛を私たちに与えてくださり、私たちの絆を強めてくださいました。
私の人生における変化は素晴らしくて信じられないほどです。フィラデルフィアに住んでいる間、私は怒り、鬱状態、悲しみ、悪化する健康、そしてお金を稼ぐ欲望に支配され、ちっとも楽しくない仕事をしていました。私は今、ハワイで大成功しているキャリアを持っていて、それは私が愛する仕事です。私の全人生、つまり私の健康、家族、そして自分自身が私に取り戻されました。私は以前よりはるかに幸せで健全です。今私の人生に笑いがもたらされ、日がたつにつれて、より大きな喜び、笑い、そして安らぎを体験しています。今私は釣りをしながら空を見ると、幸福感でいっぱいになります。私の人生を取り戻してくださった神様を賛美します。